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秦腔の歴史の紹介

秦腔の流布地域

秦腔とは、おもに中国の陝西地方で有名な地方劇です。しかし、その影響力は、陝西省の近辺にある甘粛省、寧夏回族自治区、青海省、新疆ウイグル族自治区などにも及び、中国西北地域のもっとも代表的な地方劇の一つに数えられています。（この他にも、中国西南地域のチベットや四川省の一部、中原地域の晋西、豫東や河北、東北地域の大慶、東南地域の広東省、福建省、宝島・台湾などの一部、そしてキルギスタン共和国などにも秦腔の影響が見られると言われています。）しかも秦腔は、昆曲、弋陽、柳子などと共に、南昆（南の昆曲）、北弋（北の弋陽）、東柳（東の柳子）、西木邦（西の木邦子＝秦腔）と呼ばれ、中国の古代戯曲の四大声腔体系の一つとして並び称されています。

秦腔の起源説

ところで、悠久の歴史をもつこの秦腔の起源については、現在でも幾つかの説があり、秦腔の源流に関する議論は未だに解決していません。たとえば、その起源を周や秦の時代に求める周秦説、古代民間音楽舞踊の基礎の上に周秦時代の礼楽によって洗練されたとする秦漢説、安史の乱によって唐の宮廷所属の梨園師弟たちが西北各地に散らばり、その過程で彼らの芸能が各地の民間楽舞と次第に融合して秦腔を形成したとする唐代説、金元北曲の一派としてのその接点を強調する金元説、明の伝奇（長編戯曲）との接点を見出す明代説などがあります。そして、明代の歴史資料に秦腔の名で明らかな記載が残されており、それ以前の歴史資料には必ずしも明らかな記載が残されていないことから（昔から秦腔という名前で呼ばれていなかったので）、記載があった明の万歴年間よりも若干遡った明代中ごろには、秦腔は少なくとも存在していた、とする説が有力となっています。

秦腔の地域流派

このように悠久の歴史をもつ秦腔は、その積年の歴史的発展の中で、各地の民の言語環境や生活習慣の違いと結びついて、様々な流派（地域流派）を生み出してきました。たとえば、清の乾隆年間には、渭河（黄河の支流）以北と以南に大きく分かれる流派がありました。さらに、前者の渭北派の中には同州腔、後者の渭南派の中には渭南腔、礼泉腔、周至腔などがありました。さらにその後、それらが東府秦腔（同州木邦子とも呼ばれ、大茘、蒲城一帯で盛んである）、西府秦腔（宝鶏、鳳翔、岐山、隴県、甘粛省天水一帯で盛んである）、西安秦腔（西安及びその近辺で盛んである）、南路秦腔（陝南漢中地方で流行っており、漢調桄桄とも呼ばれる）などに分かれたと言われています。ただし、西安は陝西地方の交通に恵まれた要衝で、経済と文化の中心地ということもあって、これら各流派の中でも西安秦腔（別名で西安乱弾）が芸術的発展の機会にもっとも恵まれてきました。今日、一般に秦腔と言う時、この西安秦腔を指すことが多いです。

魏長生について（秦腔史上の伝説的人物）

ところで、中国全国でこの秦腔の名を高めるきっかけを作った者に、魏長生という人物がいました。もともとは四川人であった魏長生は、少年時代（１７５７年ごろ）に親に従って陝西省にやって来て、現在の陝西省・大茘や蒲城辺りで民間にあった秦腔戯班（当時の劇団）に加わり、秦腔役者の道を歩み始めました。その後、秦腔の名優として成長した魏長生は、清の乾隆年間（１８世紀末ごろ）に幾度も自分の秦腔班を率いて北京を訪れ、秦腔の上演によって、北京の舞台で当時盛んであった京腔（弋陽腔が変貌して出来たと言われている演劇）を圧倒したと言われています。さらにその後、魏長生は、中国全国を遍く走破し、秦腔の存在感を全国的に高めて、形成期の京劇にも大きな影響を与えたと言われています。この魏長生などの働きによって、秦腔は清の乾隆年間（１７３６～１７９５）に一つの黄金時代を迎えて、全国の多くの地域で秦腔班社（当時の劇団）が数多く作られました。西安地方だけでも約３６もの秦腔班社が存在していたと言われていますから、当時の秦腔のその盛況振りは、大変なものであったことがうかがわれます。

西安易俗社について（秦腔演劇界の有名劇団）

その後、秦腔はかつての乾隆年間ほど、全国的な上演活動をすることがなくなり、おもに陝西省を中心とする地方を根城とするようになりました。しかし、陝西省近辺においては、清の光緒年間（１８７５～１９０８）になっても、秦腔はきわめて盛んでした。そして、辛亥革命の翌年の１９１２年には、西安易俗社（当時の名前は陝西易俗伶学社）と呼ばれる秦腔劇団が創立され、多くの有名な秦腔役者を養成し、「改良秦腔」と呼ばれる新しいタイプの秦腔（単に娯楽を目的とするのではなく、社会教育を目的とする演目）を上演して反響を呼びました。この西安易俗社は、孫文たちの影響を受けた民主主義革命の思想に基づいて運営されていたので、人民の啓蒙を意図した「改良秦腔」の上演のみならず、陝西地方では初めて近代的な学校形式の俳優養成組織（科班と呼ばれる伝統演劇の俳優養成組織）をもつなど、秦腔史上、そして、中国演劇史上に大きな足跡を残してきました。西安易俗社は、現在でも西安秦腔劇院の下部組織として存在しており、現存する中国最古の伝統演劇の劇団と言われています。

陝西省戯曲研究院について（現在の秦腔を支える省立劇団）

他方、革命の聖地と目される陝西省陝北地域の延安では、１９３８年に陝甘寧邊区民衆劇団と呼ばれる革命の伝統に基づく秦腔劇団が創立されました。この劇団は、日中戦争や国共内戦などで苦難に喘ぐ民を啓蒙するために作られ、民衆の鼓舞と思想教育を目的とした数多くの新編歴史劇や現代劇を創作しました。この劇団の登場によって、秦腔は新たな時代を迎えたと言われています。ところで、この陝甘寧邊区民衆劇団は、１９４９年の中華人民共和国の建国後、幾度か再編され、現在では陝西省戯曲研究院（西安市内の文芸北路にある）として活動しています。陝西省戯曲研究院は、その名が示すとおり、秦腔の上演活動だけでなく、秦腔関連の研究活動も活発に行っている劇団です。そして、これまで、秦腔音楽や脚本などの分野で、秦腔の発展と継承において大きな貢献をしてきました。陝西省戯曲研究院は、従来の秦腔に様々な改良を加えてきたので、この劇団の創作・上演する秦腔を「新秦腔」と呼ぶ者もいます。

秦腔の芸術的な特徴（役者の役柄と楽隊について）

次に、秦腔の芸術的な特徴を紹介します。秦腔には、次のような基本特徴があります（京劇と共通している特徴も多いです）。まず、役者は、行当（ハンダン）と呼ばれる役柄に特化して芸の修行をし、その行当に属する人物をおもに演じます。つまり、すべての役者は、いずれかの行当を専門にしているというわけです。たとえば、西遊記の孫悟空は、丑と呼ばれる道化役の行当に属することの多い人物なので、この丑の行当を専門に修行する役者が演じることが多いです。なお、秦腔の行当には、おもに老生、鬚生、小生、幼生、老旦、正旦、小旦、花旦、武旦、媒旦、大浄、毛浄、丑などの十三種類があります。特に、花臉（大浄や毛浄などの総称で隈取り役）と呼ばれる行当は、声高・激越する大音量で歌うことで知られています。また、秦腔の上演時には、楽隊の伴奏がつきますが、その楽隊は、文場（弦楽器伴奏隊）と武場（打楽器伴奏隊）から構成されています。文場には、二弦子、板胡、二胡、笛子、三弦、揚琴などの弦楽器が使われおり、武場には、暴鼓、干鼓、堂鼓、勾鑼、小鑼、木邦子などの銅鑼・太鼓類が使われています（中華人民共和国の建国後は、一部の西洋楽器も使われるようになりました）。

秦腔の演技と演目について

一方、秦腔の演技と演目には、次のような特徴があります。いわゆる特技（難度の高いパフォーマンス）では、吐火や吹火などの火を操る技が有名です。また、身段（しぐさ）の分野では、拉架子、担柴担、水担などと呼ばれるものが有名です。演目に関しては、いわゆる「列国」、「三国（三国演義物）」、「楊家将」、「説岳」などの小説を題材とした物が多く、その他の神話物や現代劇なども含めると、総演目数は約１万を超えると言われています。演目数では、中国の数ある演劇の中でもトップクラスです。ただし、打ち続いた戦乱と革命のため、その多くは流失してしまい、現在ではおよそ４７００余りしか残っていないと言われています。

Introduction of the Shaanxi Opera in English（英語による秦腔の紹介）

　The Shaanxi Opera is a traditional type of theater not widely known except to devoted fans or researchers specializing in Chinese traditional theater. But the Shaanxi Opera (qinqiang) is a very popular regional theater in the northwestern part of China and it is especially influential in Shaanxi and Gansu provinces. In Shaanxi province, the Shaanxi Opera is one of the ten popular legends of the region (shidaguai) because its painted face role category called hualian is known to sing with a roaring voice that is said to be audible for miles around (Zhang et al. 2000: 5). The Shaanxi Opera has a long history and it is said to have existed from at least the middle of the Ming Dynasty (or the end of the sixteenth century). Although the exact origin of the Shaanxi Opera is still wrapped in mystery, some researchers suggest that the Shaanxi Opera is much older than the famous Beijing Opera, which come into being only at the end of the eighteenthcentury during the reign of Emperor Qian Long of the Qing Dynasty. Moreover, there is some evidence to suggest that the Shaanxi Opera influenced the formation of the Beijing Opera (Jiao and Yan 2005). Thus, the Shaanxi Opera is a regional theater that has been influential enough to leave illustrious marks on the history of Chinese traditional theater as a whole.

Because the Shaanxi Opera is a very complicated theater, it is not possible to sum up its basic characteristics in a few words. However, it certainly has some unique characteristics that differentiate it from the Beijing Opera. For example, actors/actresses of the Shaanxi Opera use the Shaanxi dialect (especially the dialect of the Guanzhong region in Shaanxi) in their songs and speeches. In addition, the Shaanxi Opera’s sometimes passionate and vigorous music is also quite different from the Beijing Opera’s more elegant and milder music. Interestingly, some fans of the Shaanxi Opera claim that its music reflects “the vigorous and audacious nature of the Shaanxi people” because it is the music created by the people who have witnessed so many dynastic changes and therefore played an active part in the history of ancient China as the citizens of the old capital city Chang’an (present-day Xi’an). Meanwhile, the singing voice of hualian (the painted-face role category) is also something that may reflect the so-called “the vigorous and audacious nature of the Shaanxi people”. As I have mentioned earlier, hualian’s singing voice is fairly energetic and it is quite unlike its counterpart’s in the Beijing Opera, which is much more elegant.

Thus, the Shaanxi Opera has many unique characteristics of its own that reflect the culture of the Shaanxi region. But it also has some of the basic characteristics of the Chinese traditional theater, such as the traditional patterns of acting called sigongwufa and the traditional role categories for an actor/actress called hangdang. Sigongwufa is based on the four skills of chang (singing), nian (recitation), zuo (acting), and da (martial skills) and the five categories of techniques, which are shou (hand movement), yan (eye movement), shen (body movement), fa (coordination of hand, eye, body, and foot movement), and bu (ways of walking). Hangdang is comprised of four main role categories, sheng (male), dan (female), jing (painted face), and chou (comic), and their various subcategories. Just as in any other Chinese traditional theater (including the famous Beijing Opera), the performance of actors/actresses of the Shaanxi Opera is structured by the sigongwufa and the hangdang.

What is particularly attractive about the Shaanxi Opera? Some people might find the Shaanxi Opera’s long and mysterious history quite intriguing. Others might respond to the Opera’s unique music which has a rough liveliness to it. But what most people find appealing is the performance of the actors/actresses because of its impressive creativity. The Shaanxi Opera is often called “the performing art of actors/actresses” due to the central and creative role played by the actors/actresses. They must convey different times and places and create various figures (whether historical or literary) relying almost solely on their own bodies, using the sigongwufa and the hangdang, since there are very few props (usually just a table and a few chairs) used in many of the traditional programs. In other words, the performers cannot count on the stage set to help them express the characters, the historical setting or a specific place. The skill and creativity required is something that, once appreciated, most people find attractive.

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